イロドリの小林です。
インバウンドビジネスで実績を築いている方々へのインタビュー企画第一弾の後編です。
今回は株式会社NICOの井手 隆一郎さんにお話を伺いました。
前編の記事はこちらからどうぞ。
それはその人が亡くなる寸前に思い出す3日間や1週間かもしれない
ー それでは井手さんが外国人の方にサービス提供する際に心掛けていることを教えていただけますか?
これは常々考えていることですが「その人は一生の間に1回しか日本に来ない」かもしれません。
実際にデータを見てみると1回しか来られない方がほとんどです。
たった3日でも1週間であっても、それはその人が亡くなる寸前に思い出す3日間や1週間かもしれないですよね。
それだったら「良い想い出」を思い出してもらった方が絶対に良いじゃないですか。
もっと言うと日本での滞在中にまともにコミュニケーションを取った日本人は私たちだけかもしれない。
だからこそ私は常に日本代表という気持ちを持って、目の前の人に「良い想い出を残して欲しい」という気持ちで臨んでいます。
ー 素晴らしいですね。
もちろん人間ですから体調が悪かったり手を抜きたくなったりしてしまうこともあるんですが、「この人はこの景色を見るのが最初で最後かもしれない」と相手の立場に立って考えることで常にベストなサービスを提供できるようスタッフ全員で心掛けています。
外国人の視点って本当に大切だなぁと感じますね
ー 御社はスタッフさんも外国人の方々ですよね?外国人の方と一緒に働く上で心掛けておられることを教えていただけますか?
まず心掛けているのは相手のアイデンティティ(宗教観、文化風習、物の考え方)を尊重することですね。
そしてもうひとつはリスペクトを忘れないことです。
何に対してリスペクトしてるかと言いますと、これは就業支援をしている頃から思っていたのですが「もし自分が海外に留学したとして、そこで就職しようと思えるかどうか?」ということです。
日本人って基本的に留学しても日本に帰って来るのが普通じゃないですか。
日本は経済的に豊かですし、多くの日本人は自分が得意な場所や分野で勝負しようと思う人が多いと思うんですが彼らはまったく違うんですよね。
「日本に留学したんだから日本で自分の力だけで勝負しよう」と思ってるんです。
そのバイタリティには勝てないなといつも思っています。
ー 必死さが違いますよね。会議などはどうされているんでしょうか?
会議はすべて日本語で行うというルールにしています。
これは彼らも外国人に日本の魅力を紹介する「日本代表」だからです。
だから日本語だけでなく敬語の使い方やお客様へのお茶の出し方、名刺の渡し方など日本で働く上で必要な習慣を身に付けてもらっています。
ー なるほど。ではお客さんを連れて行く場所もスタッフの方々が決められているんですか?
これもひとつルールがあって「連れて行く飲食店は必ず自分たち(スタッフの誰か)が行ったことのある店にすること」としています。
もちろんインターネットでお店を探すのは簡単なんですが、それはあくまでもインターネット上の第三者の情報です。
でもお客さんからするとそれは弊社の情報になってしまうんです。
なので自分たちの目と舌で確信を得た情報だけを信頼するようにしています。
ただ、これの弊害がひとつだけあってスタッフから「じゃあ、井手さんこの店連れて行ってください。」と言われてしまうことですね(笑)
だから月に1回みんなで食事会を開くようにしています。
ー 井手さんの財布も安心ですね(笑)そこでスタッフの方がチョイスする店に新しい発見があったりするんでしょうか?
そうなんです。
実はそこが弊社のサービス向上のヒントになっているんです。
スタッフに店の候補を出してもらうルールにしてるんですが、予算が決まっているので彼らは試行錯誤するんです。
「ディナーで神戸牛を食べると予算オーバーしてしまうけどランチだったら食べられるじゃないか!」と工夫をするんですよ。
で、実際行ってみると「ここいいね!」ということで実際にお客様を連れて行くと本当に喜んでいただけるんです。
外国人の視点って本当に大切だなぁと感じますね。
「これはプロの仕事じゃないな」と猛省しましたね
ー 井手さんから外国人観光客の集客に力を入たいと思われている方へ向けてアドバイスをいただけないでしょうか?
そうですね。
まず大前提として言えるのは「日本人の視点だけでは難しい」ということです。
なので必ず日本に住んでいる外国人や外国人留学生の意見を聞いていただきたいと思います。
ただ、ここにひとつだけ落とし穴があるので気を付けてください。
ー どんな落とし穴ですか?
日本に住んでいる外国人の方というのは「日本の大ファン」が多いということです。
「日本に住みたい」とまで思っているくらいですから。
なので、その人の意見から50%くらい引いた上で参考にするのが良いと思います。
それに外国人の方は自己主張が強いので日本人からすると「その国の人はみんなそうなのかな?」と捉えてしまいがちです。
でもこれは日本人でもそうですが、1人の日本人が言った言葉が日本人の総意ではないですよね?
なので3人くらいに意見を聞くことをオススメします。
ー なるほど、それは大事ですね。井手さん自身もその落とし穴にハマってしまったことはあるんでしょうか?
もちろんありますよ。
中国のVIPのお客様を1週間ほど付きっきりでご案内した時のことです。
事前に中国人留学生に宿泊先について意見を聞くと「中国人富裕層はとにかく良いホテルに泊まりたいと思っているんです。だから最高級のホテルを取るべきです。」とのことだったので、それを鵜呑みにしていわゆる「良いホテル」を手配したんです。
もちろんそれに対してお客様がクレームがあった訳ではありません。
ただ、最終日にそのお客様が一言「せっかく日本に来たんだから日本らしい建物に泊まってみたかったなぁ。」と仰ったんです。
ー それってもしかして…
そうなんです。
「この人が求めていた本当のニーズってそこだったのか…」ということにその時に気付いたんです。
せっかく日本に旅行に来たのに中国にもあるようなホテルに泊まるのではなく、日本らしい温泉旅館や建物を体験してみたかったんだと。
「自分はこの人が求めている物を提供出来なかった。これはプロの仕事じゃないな。」と猛省しましたね。
それからは1人の意見だけではなく必ず複数人の意見を聞くようにしています。
実は言葉の壁というのはそこまで心配する必要ないんです
ー 他にアドバイスはありますでしょうか?
近年、「外国人観光客に人気のお店」が増えて来ましたが、これは何かしらの理由があって人気となっている訳です。
多くは外国人にとって分かりやすい「仕掛け」を用意しているんです。
例えば外国人向けメニューもそのひとつです。
外国人向けメニューを作っているお店でも単にメニューを「ローマ字表記」にしただけのものをよく見かけます。
でも例えばローマ字で「Kitsune Udon」と書いていたとしても外国人の方からすると何のことかさっぱり分からない訳です。
そこを「揚げが乗っているヌードル」と書いてあげるのが本当の意味での翻訳なんですよ。
そういう小さな配慮が「外国人の方にとって入りやすいお店かどうか」に影響してきます。
ー 自分が海外に行った時もそういう表記だと選びやすいですよね。ちなみに言葉の壁についてはいかがでしょうか?
まず外国人観光客の方は「異国に来ている」という意識を持っているので言葉の壁があるのは当然だと考えています。
そこで日本人は「英語喋らなきゃ!」と身構えてしまいがちなんですが、先ほど申し上げたようにメニューをきちんと用意しておくだけで「これ見てね。」で注文はスムーズに取れるんです。
だから言葉の壁というのは実はそこまで心配しなくて良いということは申し上げたいですね。
わざわざ外国語対応可能なスタッフを雇うよりも、メニューやPRにお金を掛けられた方が良いのではないかと思います。
そのスタッフへの依存度が高くなると辞められてしまった時に外国人観光客の集客施策が終わってしまうというリスクもありますので。
なので中長期的に継続して行くという視点で考えられた方が良いかと思います。
ー なるほど。メニューでは何語に対応すべきか?といったこともありますよね。
そうですね。
今は「インバウンド」って一括りになってしまっているんですが、必ず専門性が必要になると思います。
例えば弊社であれば年々タイに特化して行っています。
この「タイに特化している」というのが弊社の専門性なんですね。
イロドリさんであれば集客コンサルという専門性を持たれていますよね。
そういった棲み分けがもっともっと進んで来ると思います。
飲食店や小売店でも国ごとの戦略が必要ですし、もっと細かく言うと性別や年齢、家族やカップルなどの構成によっても戦略を細分化していく必要性が高まって来るはずです。
ー 仰る通りですね。それは私たちも感じています。
そうですよね。
あとは季節感ですね。
例えば今年2月にあった中華圏の春節ですが、ほんの3、4年前まで日本人は誰も知らなかったですよね。
そしてタイの正月”ソンクラーン”が4月の中旬にあることは、日本人はほとんど知らなかったのではないでしょうか。
それが今年テレビでも取り上げられたので徐々に知る人が増えた訳です。
この各国の季節を知り、それに合わせたマーケティング活動をしていかないと上手く効果を出していけないと思いますね。
僕はこれが「当たり前の日常」になれば良いなぁと思っています
ー 近年外国人観光客が急増していますが良いことばかりでは無いと思います。そこで、井手さんが考える「課題」を教えていただけますか?
今私が懸念していることのひとつが「飲食店、特に外国人のツアー団体客を受け入れているお店の質がとても落ちている」ということです。
実際にそういうお店は次に行った時には閉店していたりすることもあります。
今は外国人観光客が増えているのでそれで良いと思われているかもしれませんが、外国人の方々も「美味しいものは美味しい」と判断できる人たちですから。
そのままで今後も続けて行けるほど甘くないと感じていますね。
ー お店の質が落ちている原因は何なのでしょうか?
まず日本のお店のサービスの質が高い理由って何だと思いますか?
これは「日本人のお客さんによるチェックが厳しい」ことが一番の理由だと思っています。
例えば店員さんの対応が無愛想だったり私語をしているのを見たら「この店は気持ちの良い店じゃないな」と思うじゃないですか。
だからお店側も常にサービスの質を高めようと緊張感を持っている訳です。
でも外国人の方はそこまでのことは求めていないので、どうしてもお店全体の緊張感が緩みサービスの質が落ちてしまいがちなんですね。
そうすると日本人のお客さんは二度と戻って来てくれません。
ー これは肝に銘じておきたい話ですね。その他にはどうでしょう?
そうですね。
まず宿泊施設がまったく足りていません。
酷い時は大阪府内にホテルの空室がひとつも無く、お客様に和歌山のホテルに宿泊していただくこともあるくらいですから。
この課題解決は急務だと思います。
ー すごい現象ですね。
あとは日本人が外国人に対して自分から壁を作ってしまっているなと感じますね。
ほとんどの日本人は中国人と香港人と台湾人を見分けることができません。
まだまだ外国人に対する理解が遅れているんです。
でもコミュニケーションを取ることでお互いの理解を深めることができるので、ぜひ積極的に話しかけてみて欲しいですね。
ー 2020年には東京オリンピックも開催されますし、それまでに日本人全員が受け入れ体制を作れると良いですね。
そうですね。
ただ、オリンピック後に対する懸念も感じています。
ー それはどういった懸念ですか?
今インバウンドって一種の「流行り」になっているじゃないですか。
流行っていつか必ず廃れますよね。
日本が本気で観光立国を目指して行こうと思った時に超えないといけない壁があると思っています。
実は私がターゲットにしているタイという国は観光大国なんですね。
年間2,600万人くらいの外国人観光客を受け入れていて今の日本の約2倍の人数を受け入れていることになります。
さらにタイの人口は日本の2分の1程度なので、タイ経済の中で観光産業が占めるウェイトってかなり高いんですよ。
ー 実質日本の4倍ですか。
そうなんです。
そのタイを見るともう「流行り」ではないんですね。
外国人観光客を受け入れるのが当たり前だし、いろんな国の人が街を歩いているというのが日常の国なんです。
例えば大阪でもキタとミナミを比べるとミナミが圧倒的に外国人観光客が多いですよね。
ということはまだインバウンドって一部分だけが盛り上がっている「流行り」だと思うんです。
僕はこれが「当たり前の日常」になれば良いなぁと思っています。
ー 勉強になります。それでは最後に御社の今後の展望を教えていただけますか?
弊社としては「日本の魅力を紹介する」ということに責任を持って取り組むということと、それを継続するということが一番だと思っています。
これはなぜかと言いますとインバウンドビジネスって正直みなさんが思っているほど儲からないんですね。
大きく一発当ててやろうという気持ちで当てられるような市場ではないですし、とにかく積み重ねを続ける仕事なんです。
でもインバウンドビジネスが面白いのは同業他社と協業できるという点なんです。
他の業界ですと同業他社は排他すべき相手となるケースが多いんですが、インバウンドビジネスだとイロドリさんや他のインバウンドビジネスをされている方々とも協業できるんですね。
だからこそしんどい時期からインバウンドビジネスに真摯な気持ちで力を注いでいる企業には心から上手く行って欲しいと思いますし、一緒に大きなものを築くことが出来たらなと思っています。
なので私たちはインバウンドビジネスに真剣に取り組む企業として目の前のお客様に最高のサービスを提供し続けることが一番大切だなと考えているんです。
ー ぜひとも井手さんにはインバウンド業界を牽引していただきたいと思います。この度は貴重なお話をありがとうございました!
まとめ
前後編に分けてお送りした井手さんのインタビューでしたがいかがでしたでしょうか?
井手さんの言葉からは経験者だけが持つ重みと情熱を感じました。
そして常に外国人の視点を取り入れることでビジネスを正しい方向に進めていく手法はぜひとも見習いたいものですね。
それでは次回のインタビュー記事もお楽しみに!
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