この下に掲載する写真は台北市の台北當代藝術館で、「子どもたちによる作品」として以下の作品が飾られていたものだ。
正直、私はこれを見た時にとても驚いた。
アートについての教養が豊富なわけではないのだが、「子どもがこれを生み出した」という現実に圧倒され、しばらくそこに立ち尽くしてしまったのだ。
なぜ台湾の子どもたちにはこうした感性が備わっているのだろうか。
私はその問いを抱えながら、台湾人スタッフと一緒に台湾の各地を1週間以上かけて巡ってきた。
そして各地で「リアルな台湾」を見た結果、その片鱗を少しだけ理解できた気がした。
ちなみに今、日本や台湾を含むアジアでアート市場が拡大していることをご存知だろうか?
激化するアジアのアート競争 日本がとるべき戦略は|NIKKEI STYLE
美術市場を調査する欧州美術財団(TEFAF)の統計によれば、世界における美術品の総売上高は2013年度で約6.7兆円といいます。
〜中略〜
20世紀末以降、経済成長やグローバル化を背景に、欧米主導だった美術市場にアジアが台頭してきました。
この市場拡大の主役が経済発展めざましい中国であることは言うまでもないが、台湾でもアートが大いに盛り上がっている。
例えば台湾で人気の日本の代表的アーティストと言えば安藤忠雄や草間彌生が挙げれるが、台湾人は彼らの作品を見るために瀬戸内海にある直島や豊島、犬島まで訪れるようになった。
実際に当社で働く台湾人スタッフたちも日本のアートスポットへ積極的に訪れている。
また、近年では他にも村上隆や奈良美智をはじめ、多数の日本のアーティストが台湾で注目されている。
さらに興味深いことに日本ではあまり有名とは言えないものの、台湾に多くのファンを持つ個人クリエイターも多数存在するという状況だ。
台湾へ行くと各地にアートスポットがあり、台湾人の性格や後述する歴史的背景も相まってユニークな作品や商品が街中に溢れている。
さて、これらの現象を「台湾人は親日だからだね」という一言だけで説明しようとするのは少しばかり無理がある。
むしろ台湾人のアートに対する姿勢や視点、価値観は、日本人の私たちが学ばなければいけないことが大いにあるのではないかと思うのだ。
なぜ台湾人に「アート」が根付いたのか?
では、なぜ台湾人はアートを親しむ「目」を持っている人が多いのだろうか?
ここでは個人的に感じた4つの理由を紹介していきたい。
1. 台湾政府の「文創政策」の影響
以前、「なぜ台湾人は「歴史あるもの」を活かすのが上手いのか? カギとなる「文創」に迫る<前編>」で紹介した通り、台湾は15年以上前から政府主導で「文化創造産業」の確立を目指している。
これは文字通り、「文化と創造性を結びつけた産業」と定義されており、その影響で台湾のいたる所に文化的なスポットが次々と生まれている。
この政策が進んだことで台湾人にとってアートが当たり前のものになったことは間違いないと思われる。
2. 「アート」がいつも身近にある
日本で「アートに触れよう」と思うと、美術館へ行ったり期間限定イベントへ参加したりと、どうしても「わざわざ行くもの」になってしまう。
しかし、台湾ではいつでもお金をかけずにアートに触れられる場所がたくさんある。
もちろん有名な芸術作品を見るためにはお金を払って美術館などに入る必要があるが、街にはさまざまなクリエイターが手がけた作品が溢れている。
文創エリアへ出かければエリアそのものがアート的な空間で、そこにあるお店を見て回ることで多くの商品や作品と触れ合うことができる。
また、台湾は1年を通して暑い時期が長いため、日本と比べて家族で1日過ごせる商業施設のニーズが強い。
実はそれは子どものアート教育にプラスの影響をもたらしている。
文創エリアでの滞在時間が長くなることで、子どもたちがアートと触れる時間が長くなっているのだ。
例えば台北市の有名な文創エリアのひとつ「華山1914文創園区」へ行くと、それを肌で体験することができる。
ここは日本統治時代の1914年に建てられた酒造工場をリノベーションして作られたエリアで、カフェやレストラン、雑貨店や映画館などがあり、イベントも盛んに行われている。
その中にこんなスペースがあり、たくさんの子どもたちが集まっていた。
そして子どもたちが何に熱中しているのか見てみると、さまざまな製品を通して社会を理解するための知識が学べるような仕組みになっている。
テーマは「生活」
テーマは「教育」
テーマは「エコ」
テーマは「実現」
このエリアでは他にもたくさんの創造性や独創性を刺激してくれるショップや施設が用意されている。
これらの経験を通して台湾の子どもたちとアートが身近なものになっていることは間違いないだろう。
3. 「つくり手」になる機会の豊富さ
日本では数年前からハンドメイドアクセサリーがブームとなっており、ショップや大規模なイベントもずいぶん増えてきた。
例えば大阪でも梅田(大阪駅)界隈の商業施設ではハンドメイドアクセサリーの素材やパーツ、道具を扱うショップがいくつもあるし、定期的にハンドメイド作品やクリエイターのイベントも開催されている。
そして最近では台湾にもハンドメイドイベントが進出して人気を博すなど、その情報だけを見ているとあたかも「ハンドメイドブームが日本から台湾にも飛び火した」という見方をしてしまいがちだ。
ところが、実はそれは正解とは言えない。
なぜなら台湾人は日本人とは比較にならないほど、「つくり手になる機会」が多いからだ。
先ほど「台湾は1年を通して暑い時期が長いため、日本と比べて家族で1日過ごせる商業施設のニーズが強い」と述べたが、実はこれはアート市場にも影響を及ぼしている。
台湾にあるデパートへ行くと、必ずと言ってもいいほど、このような子ども向けのハンドメイド体験教室がある。
しかも、この写真では一箇所しか写っていないが、同フロア内に複数箇所の体験教室があるのが一般的だ。
粘土細工をしたり、絵を描いたり、人形を作ったりと、さまざまな種類から自由に選ぶことができる。
そしてこれは昔ながらのデパートだけでなく、若者が集まるような人気の商業施設でも同様だ。
ここは台湾人に新しいライフスタイルを提案し続ける人気店の「誠品書店」が手がける「誠品生活」の松菸店だが、ここにもハンドメイド体験ができるフロアがある。
左側が「陶芸体験」、右側が「木工体験」
こちらは「アクセサリーづくり体験」
「ガラス細工体験」もできる
ちなみに日本でお馴染みの蔦屋書店はこの誠品書店や誠品生活をモデルにしていると言われている。
また、誠品生活は2019年秋に東京・日本橋にオープンする「コレド室町テラス」に日本初の店舗を構える予定で、台湾まで行かずともあの空間が堪能できるようになるようだ。
さて、もう一度話をハンドメイド体験に戻したい。
ハンドメイド体験が当たり前化している台湾では、ちょっとしたお店でもいろんな体験ができる場合が多い。
例えばここは先ほど紹介した華山1914文創園区にあるお菓子屋さんだが、そこではお店の名物であるピーナッツのお菓子を自分で作ることができる。
実はこれらの体験サービスは親にとってもありがたいサービスとなっている。
なぜなら家族みんなで過ごす上で、子どもがハンドメイド体験をしてくれていると、親はその間に休憩することができるからだ。
子どもは気軽に体験ができて親はゆっくりでき、施設側はお客さんの滞在時間や滞在頻度を高められるというWin-Win-Winの関係となっている。
4. アートは台湾人の気持ち・想いの表現機会
台湾とアートの関係を多面的に見ていく上で、台湾の歴史を知っていくことはとても重要だと感じている。
台湾の歴史についての詳しい内容は「なぜ台湾人は「歴史あるもの」を活かすのが上手いのか? 歴史と正対するその姿勢に学ぶ<後編>」をお読みいただきたいが、台湾の歴史はとても複雑だ。
この複雑さはとても簡単に言葉で表現できるものではない。
ただ、言葉にできないからこそ台湾人とアートというのはベストマッチなのかもしれない。
それまで台湾人は自分の中の「もやもや」や「考え」や「主張」を言葉にして伝える必要があった。
ただ言葉というのは便利なようで不便な面もあり、考えや想いが上手く伝えられず、時には争いに発展してしまうこともしばしばだ。
しかし、アートであれば様々な形で自分の想いを表現することができ、そのメッセージ性についても鑑賞側の受け手に委ねることができる。
例えばひとつ極端な例をご紹介しよう。
これは私が高雄市にある高雄市立美術館に立ち寄った際に展示されていた作品である。
見た目からしてなかなかインパクトのある作品だが、この中で手前の2匹の犬に注目してほしい。
多少記憶が曖昧ではあるが、これは「どっちも犬」といったタイトルが付けられていた。
実はこれは2018年11月現在の台湾の二大政党である民主進歩党(与党)と中国国民党(野党)を現しているのだ。
それぞれの政党のイメージカラーは民進党が緑(左)、国民党が青(右)なのである。
おそらく作者は二大政党に向かって「あんたらは人間じゃない。どっちも犬だ」と言いたいのだと推測できる。
さらに注意深く見ると緑の犬は顔が人間だが、青の犬は道化のような顔をしている。
実はここにも作者の思想が詰まっている。
つまり作者は「民進党派」だということだ。
しかしその民進党でさえも「犬だ」と言いたいわけである。
内容の善し悪しの議論は別として、台湾人はアートを通してこんな主張ができる機会を手に入れることができたとも取れる。
台湾人にとってアートは自分たちの想いを表現するための格好の手段なのかもしれない。
「アート × グローバル」によって起きつつあること
ここまで台湾とアートの関係性を紹介してきたが、ここからはもう少し視野を広げてアートというものを考えていきたい。
以前、友人の女性が香港へ行った際に高級スーパーへ立ち寄った話をしてくれた。
その際に彼女が「日本のドレッシングのパッケージがすごくダサく感じたの……」と言い出した。
普段日本のスーパーで買い物をしている時には一度も感じたことがなかったそうなのだが、何が彼女をそんな気持ちにさせたのだろうか?
実はそのデパートでは世界のいろんな国々のドレッシングを揃えており、世界のドレッシングと一緒に陳列された日本のドレッシングを見て、「ダサい」と感じてしまったのだという。
もちろんダサいと感じたのは彼女の主観であって、それが世界の総意というわけではないし、海外の人たちから見たら日本のデザインがクールなのかもしれない。
しかし、少なくとも彼女は海外のドレッシングのパッケージを「いいな」と思ってしまった。
日本を代表するグラフィックデザイナーの原研哉氏の著書「デザインのデザイン」によると、彼はこの現象について以下のように語っている。
センスの悪い国で精密なマーケティングをやればセンスの悪い商品が作られ、その国ではよく売れる。
センスのいい国でマーケティングを行えば、センスのいい商品が作られ、その国ではよく売れる。
商品の流通がグローバルにならなければこれで問題はないが、センスの悪い国にセンスのいい国の商品が入ってきた場合、センスの悪い国の人々は入ってきた商品に触発されて目覚め、よそから来た商品に欲望を抱くだろう。
しかしこの逆は起こらない。
ここでポイントとなるのは、「商品の流通がグローバルにならなければこれで問題はないが」という点だろう。
今はどんどん流通のグローバル化が進み、その流れは止まりそうにない。
当然それはチャンスでもあるが、同時に世界中のライバルと戦わなくてはならないことを意味している。
もしも海外の人たちが私たち日本人よりも審美眼が養われていた場合、日本人が作り出した商品は手に取ってさえもらえないかもしれないのだ。
その時に日本人お得意の「品質が良ければ売れるはず」という思い込みに囚われたままだと、勝てたはずの勝負にも負けてしまうことになりかねない。
ハイスペックで高機能だった日本の携帯電話がスペックや機能で劣るiPhoneに一瞬にして敗れてしまったようなことが、あらゆる市場で起きる可能性があるということだ。
今でもアートに親しんだ台湾の人々は「日本のモノが良い」から「日本も良いけど、こっちの国のモノの方がもっと良いね」と感じはじめているのではないだろうか。
「欲望のエデュケーション」の志を持つことの大切さ
先ほど引用した原研哉氏の「デザインのデザイン」に「欲望のエデュケーション」という言葉が登場する。
今後世界で日本のプレゼンスを高めていくために、今の私たちに必要なのはこの心構えなのではないかと感じている。
この言葉を私なりに端的に伝えようと試みると、要するに「目が肥えている」ということではないかと思う。
大阪人を相手に笑いを取るのが難しいのは古くから根付いたお笑い文化に揉まれた結果、大阪人の笑いに対する目が肥えているからだと言える。
それと同様のことはあらゆる市場で起きる。
例えば原氏によれば日本人は「住居」に対して目が肥えてないそうだ。
私たちにとって馴染み深い住居の間取りを表す「2DK」といった言葉があるが、なんとこれは西山夘三という建築家が関東大震災の後に研究して、日本人の標準的・合理的な生活空間として考案した苦心のアイディアだったそうだ。
その記号がそのまま不動産業者にとって「便利だから」という理由で当たり前のように使われているのだという。
結果的に私たち日本人は住居の多様性を楽しむことができておらず、住居に対する目が肥えていないというわけだ。
著書の中で彼は1億3千万人の日本市場というものをどう考えるべきかについて、こんな考え方を提起してくれている。
マーケティングを行う上で市場は「畑」である。
この畑が宝物だと僕は思う。
畑の土壌を調べ、生育しやすい品種改良してくれるのではなく、素晴らしい収穫物を得られる畑になるように「土壌」を肥やしていくことがマーケティングのもうひとつの方法であろう。
人間の恐怖や不安を煽って利益を得ようとするのではなく、自社の商品やサービスを通して顧客の目を肥やそうと努める。
そういった商品やサービスに触れる人が増えていけば、自然とより良い商品を選ぶようになったり、生み出そうとする人が増えていく。
その結果、心豊かな人が増え、社会全体が豊かになっていく。
そんな好循環を生むことができるのがアートやデザイン、振る舞いや道徳といった「美」が持つ力なのだと思う。
そういう視点でアートに近づいていくことが、今の私たちに必要なことなのではないだろうか。
台湾を巡り、台湾人とアートとの関係性を知っていくほど、そう感じさせられた。
ぜひあなたも機会があれば、そんな視点でユニークな台湾を覗いてみてほしい。
【追伸】音声通訳・翻訳機ili(イリー)を持って旅する楽しさ
今回は際に瞬間オフライン音声通訳・翻訳機の「ili(イリー)」を持って台湾の各地を巡った。
台湾人とできるだけコミュニケーションを取りたいが中国語が話せない私にとって、イリーはとても便利なアイテムだった。
台湾では日本と同様で英語が話せない人も多いため、「どれがオススメですか?」「トイレはどこですか?」「両替してください」といったコミュニケーションはイリーに任せるととてもスムーズだ。
また、イリーを見て「それで翻訳してくれるの!?」と興味を持ってもらえたり、タクシーでイリーを通して中国語で挨拶や世間話を投げかけると、お互いの緊張が一気にほぐれて会話が広がっていく。
ちなみにイリーはオフラインで利用できるため、いつでもどこでも利用できるという安心感も大きい。
バッテリーもスリープモードで8時間ほど持つため、毎日充電していれば電池切れの心配もあまりしなくて良い。
旅の醍醐味は観光地の確認鑑賞ではなく、その国のリアルにいかに触れられたかが大切だと考えると、イリーはそのサポートに大いに役立つはずだ。
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